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今日は…


『あの日』から1年なのですよね。

『まだ』なのか『もう』なのか

私には分かりません。

みんながそれぞれ、いろんな想いを抱えて過ごした時間。

1年という時間を経て、それを区切りに出来る人。

あの瞬間から時間の止まったままの人。

いろんな人がいるんでしょうね。


111110 (2)


この子達にとってはどうなんだろう…。

一昨日の夜のAM2:25過ぎ、緊急地震速報が鳴りました。

私の膝の上で寛いでいた麻呂の体が緊張で硬くなったのが分かりました。

力いっぱい抱きしめたけれど、逃げようとしてもがく麻呂。

「大丈夫、大丈夫」と声を掛けながら

天井の照明がほとんど揺れてないのを確認させました。

ちょっとだけ力が抜けた感じ。

もう安心と思ったところで離すと、あちこちを見上げながら警戒を続けてる。

数分経って、自分でももう大丈夫だと理解したようで

私たちのそばに戻ってきたけれど

ゴロゴロと喉を鳴らすことはありませんでした。

この子にとっても、まだあの時の恐怖は続いているんですよね…。


111106 (42)


あの日、大きな揺れの後。

瞬間的な停電、断水、ガスの元栓落ちといったことはあったけれど

結果的にライフラインには何の支障もなかった我が家。

揺れの中、開いてしまった窓から庭に出てしまった麻呂を回収した後

TVの画面を観て愕然とした。

あまりの光景に打ちのめされた。

目を閉じ、耳を塞ぎたかった。

とても怖い映画を観ただけと思ってTVを消して終わりにしたかった。

けれど、断続的に起こる余震が

『これは現実。目を閉じても、耳を塞いでも終わらない』と告げていた。

そして、観たくないのに、聞きたくないのに、TVの電源を切れない自分もいた。

その声はスピーカーから流れているだけだと分かっているけれど

自分以外の人の存在を感じていたかったからだと思う。


眠れない夜が明けて、窓の外を見た時驚いたのは

普通に洗濯物が干されてる光景だった。

『こんなことが起こったのに、ここ(東京)の時間は

いつもと変わらないんだ…』と不思議というか、違和感というか

そんな気持ちで風に揺れてる洗濯物を見ていた。


自分も、時間が経てば、元の自分に戻れると思っていた。

でもどうやら違うらしい。

映像がちょっとでも視界に入ると、体が震えだし、動悸が治まらない。

体が、視覚から入る震災情報は受け付けてくれなくなってしまった。


首都直下の危険性、緊迫度増の情報も毎日のように流れている。

首都直下が起こった場合、その震源として

1番可能性が多いと言われているのが東京湾北部。

…ここから余りにも近過ぎますってば。


ちょっと昔に流行った脳内メーカー。

あれで今の私の脳内を表現すると

『震』『揺』って文字が90%は占めてると思う。


…また、とりとめのない文章になってしまったな。

でも私の心も思考も、どう理解していいかまだ戸惑ってる段階らしく

乱れたままっていうのが正直なところで。


再び3月11日を迎えて思うこと。


『去年の今日』突然家族から引き離されてしまって

未だに家族の元に戻れずにいる方々が

ひとりでも多く、そして1日でも早く戻れますように…。

悲しみを抱えたままの方々が、それでも前を見て

生きていけるような日本でありますように…。



そして…

天まで届け。みんなの願い。





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